※この記事はインタビュー当時の内容となっております。
Mさんは、新卒入社から短期間で昇格を実現されたと伺っています。
もともと、「将来は独立したい」という目標を持って当社に飛び込んだこともあり、新人時代は「ここでトップに立つ」と心に決め、寝る間を惜しんでスキルアップに励みました。その甲斐あって配属1カ月で新人目標を達成し、主任に昇格。3カ月後には責任者へとステップアップしました。
入社数カ月で目覚ましい活躍ですね。
2年目には当時、業務生産性で全国1位を連続達成していた札幌支店に異動しました。メンバーに恵まれたこともあり、ここでも実績を積み上げ、「キャリアチャレンジ制度」を利用して課長、支店長ととんとん拍子に駆け上がっていきました。
まさに順風満帆のキャリアですね。
ただ、右肩上がりはここまででした…。20代半ばで「支店長」という大役を任されたものの、実際にはマネジメント力も人間力も、まだまだ半人前。根性論の育成は空回りし、採用活動も上手くいかず、メンバーからの信頼も、生産性1位の体制も徐々に崩れていきました。立て直す術も分からず、完全に立ち往生したのですが、今振り返れば、あの失敗が大きな転機になったと思います。
どのように立ち直っていったのでしょうか?
そうした状況を見かねた会長や役員の方々から、「一から出直すこと」「関西でマネジメントを学び直すこと」を提案され、大阪支社へ異動しました。当時の大阪支社は、現・代表取締役社長の宮内が管轄し、全社へ波及できる人材育成モデルを確立されていました。実際、異動してすぐ「雰囲気がまるで違う」とカルチャーショックを受けたほどでした。
具体的にどのような違いを感じられたのでしょうか?
まず痛感したのが、上下関係のあり方。大阪支社は普段からコミュニケーションの機会が非常に多く、プライベートの相談事も自然とできる状況でした。一方、札幌支店時代の私は、「挨拶を徹底しろ」「分からないことがあれば聞きに来い」と上から言うばかり。自分の行いが、部下から話しかけにくい空気を生んでいたのだと悟りました。こうした発見と体験を一つひとつ重ね、マネジメントの基本は「習慣づくり、風土の醸成」だと、理解を深めていったのです。
ご自身で「壁を乗り越えたな」と感じた瞬間はありますか?
真のゼネラリスト(マネジメント)とは何か、試行錯誤の日々を積み重ねた結果、周囲から「あなたに責任者になってほしい」という声をもらったことですね。その言葉は大きな力になりました。そして改めて「キャリアチャレンジ制度」にエントリーしたところ、現・代表取締役会長の榎がわざわざ大阪支社まで足を運んでくださり、私のプレゼンを見届けて、「やっと分かったみたいだな。合格だ」と言っていただきました。あの時は涙が出るほど嬉しかったです。
仲間の声と、役員とのコミュニケーションがきっかけになったのですね。
そうです。役員との交流についても、わたしが特別扱いされているわけではありません。役員のメールアドレスが全社員に公開されていて、いつでも直接相談できる仕組みになっているんです。こうした経営陣と社員の距離の近さも、ほけんのぜんぶの魅力なんです。
最後に今後の目標を伺えますか?
現在はコンサルティングサービス部でトッププレイヤーを目指しています。この事業部には熟練のプロフェッショナルが集まっていますので、実績が無ければ何も語ることはできません。今は現場でがむしゃらに頑張っていますが、一線級の方々と比べればまだ半人前。さらに経験を積んで、ほけんのぜんぶが「保険代理店業界NO.1」に立つ日まで、あらゆる形で貢献していきたい。それが今の目標です。